THE LIGHT HOUSE ライトハウス 徹底解析ページ このページは未鑑賞の方にシェアしないでください

イントロダクション

批評家からも大絶賛された、本格的魔女ホラーを復活させた傑作『ウィッチ』の
ロバート・エガース監督の長編第二作目ということで、多くのジャンル映画ファンが待ちわびていた『ライトハウス』。
満を持して、日本公開である。
 
エガース監督の二作品は、時代物のホラーという共通項を持ちつつも、シリアスで不穏なスーパーナチュラル・ホラーだった
『ウィッチ』と比べ、『ライトハウス』はワンロケーションを舞台にした、シュールでアクの強いブラックコメディの要素も含む、
ゴシックなサイコロジカルホラーだ。そう、今回は混沌とした戦慄の恐怖を表現しつつも、滑稽で笑えるのである。
しかもただの懐古主義を超越した、監督の美意識の高さと芸術的なディテールへの異常なこだわり、情熱が感じられる、
極めてユニークで荘厳な「海のフォークロア」に仕上がっているのだ。
 
『ライトハウス』の背景は壮大である。数々の芸術的、神話的な引用やオマージュがあり、
一度見ただけではわからない多くの謎が隠されている。ここに書き記した真実や答え、ヒント、そして推測を読むと、
そんな謎を解明しつつ核心に近づき、異なるアングルから新たな魅力が浮き彫りになるかもしれない。
映画を紐解くためのガイドブックとして、新たな発見をし、楽しみながら、自分なりの答えをぜひ見つけてみてください。

Text by 小林真里(映画評論家/映画監督)
  1. Ⅰ. 『ライトハウス』の起源

    ストーリーの基になったのは、1801年に起こった二人のトーマスという名の灯台守の悲劇的な実話だ。ウェールズの灯台、スモールズ・ライトハウスで勤務したトーマス・グリフィスとトーマス・ハウエルは、赴任する前から敵対していたが、ある日突然グリフィスが死んでしまう。ハウエルは自分が殺したと疑われるのを恐れ、木製の棺を作り、遺体を入れて外の手すりにぶら下げたが、吹き荒れる風や波が次第に棺を破壊。死体のみぶら下がった状態になり、風に揺られ、その右腕は灯台の窓を叩き続けた。それはまるでグリフィスが中に入ってこようとしているようであり、こっちの世界に来いと手招きしているようでもあった。救助隊が島に着いたとき、ハウエルは完全に気が狂っていたという。本作でデフォーが演じるキャラクターの名前は、トーマスだ。

  2. Ⅱ. ポーの「ライトハウス」

    「The Light-House」はミステリー小説の祖、エドガー・アラン・ポーの最後の作品の非公式タイトル。未完だがポーが謎の死を遂げた1849年に執筆を始めたと言われている。日記形式で、1796年1月1日にノルウェイ沖の灯台に一人の男が本を執筆するためやってくるが、灯台の構造の安全面について不安に駆られていくという内容。残された原稿には最初の三日分しか書かれておらず、最後のページは「1月4日」とだけ記され、あとは空白だった。伝記作家ケネス・シルヴァーマンいわく「この2ページで作品は完結しており、最後の空白は語り手の死を示唆しているのかもしれない」。『ライトハウス』の当初のアイディアは、ロバートの兄弟マックス・エガースが考えた「ポーの『The Light-House』を脚色した現代の灯台を舞台にした幽霊映画」だった。

  3. Ⅲ. 分析心理学

    映画の重要なテーマが「精神分析学」。これはスイスの精神科医で心理学者、カール・ユングからの影響が大きいことを監督エガースは認めている。また、ユングの師匠でオーストリアの精神科医で精神分析学のパイオニア、ジークムント・フロイトの精神分析の中心概念である「エディプス・コンプレックス」(ギリシャ神話「オイディプス(エディプス)」のエディプス王が父親を殺し、母親と性的関係を持つ悲劇的な運命をベースにした男根期に生じる無意識的葛藤)からもインスピレーションを受けている。

  4. Ⅳ. 作家たち

    『ライトハウス』はハーマン・メルヴィル(米文学を代表するニューヨーク出身の作家。代表作は「白鯨」)やロバート・ルイス・スティーヴンソン(スコッランド人作家。代表作は「宝島」「ジキル博士とハイド伯爵」)、H・P・ラブクラフト(ロードアイランド州出身の怪奇小説のパイオニアの一人。代表作は「クトゥルフの叫び声」。作品の主な舞台がニューイングランド地方)、アルジャーノン・ブラックウッド(イギリスを代表する怪奇小説作家。代表作は「ジョン・サイレンス、異能の医師」)、サラ・オーン・ジュエット(19世紀のメイン州出身の女性作家。アメリカ文学地域主義の重要人物。代表作「とんがりモミの木の郷」)といった作家たちの作品から影響を受けている。

  5. Ⅴ. 目からビーム

    裸で立つウェイクの目からウィンズローに向かってビームが放たれる、映画のキーショットでもある鮮烈なドリームシークエンスは、ドイツ人画家サシャ・スナイダー(Sascha Schneider)の絵画「Hypnosis」(1904年)がレファレンス(元ネタ)。スナイダーのホモエロティックなアートには多くの神話やファンタジーが含まれており、「スナイダーや他の何人かの象徴派の画家は、『ライトハウス』の神話的なビジュアルに影響を与えている」とエガースは語っている。

  6. Ⅵ. ゴッホ

    冒頭(00:02:54)で主人公二人が揃って正装で登場するカメラ目線のシーンだが、ウィレム・デフォーを見て「なぜここにゴッホの絵画の人が?」と思った人も少なくないだろう。このレファレンスは、オランダ出身のポスト印象派の巨匠、フィンセント・ファン・ゴッホの有名な作品「郵便夫ジョゼフ・ルーラン」(1889)だと思われる。MoMA(ニューヨーク近代美術館)所蔵。

  7. Ⅶ. アルブレヒト・デューラー

    同じくデフォー演じるトーマスのルックスに影響を与えているのが、ドイツ・ルネッサン期の画家で版画家の巨匠、アルブレヒト・デューラーが1498年から1500年にかけて制作した銅版画「The Sea Monster(海の怪物)」の中で、頭に角が生えひげを貯えた、下半身がうろこに覆われている半人半魚のオスの生き物。

  8. Ⅷ. ノスフェラトゥ

    ディナーの席で、パティンソンの影が背後の壁に大きく映るシーン(00:23:19)。これは、ヴァンパイア映画の初期作の一本にして金字塔『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)がレファレンスだろう。F・W・ムルナウ監督の白黒サイレントのドイツ表現主義映画だが、2015年にロバート・エガースがこの作品のリメイクを監督すると報じられた。ロバート・パティンソンは、エガースと「この作品についても話し合ったんだ。でも、思ったんだけど、自分のホームとちょっと近いからね(笑)」とブレイク作『トワイライト』シリーズでヴァンパイアを演じた過去を引き合いに出した。エガースが長年に渡って心血を注いできたこのプロジェクトだが、近い将来製作されることになるか?

  9. Ⅸ. アルコール依存症

    映画のテーマの一つがアルコール依存症だ。最初はアルコールを絶っているとトーマスの酒の誘いを断ったウィンズローだが、水道水が汚染され飲めたものではないので、仕方なく飲酒を解禁。連夜のワイルドな狂宴を通して二人は距離を縮め親密になるが、このアルコールの力が二人を狂わせ、狂気のクライマックスへと繋がる。パティンソンは、ケロシン(Kerosene。灯油)を飲んで泥酔するシーンの撮影で、酔っ払いすぎて気を失ったという。「基本的にずっと意識を失っていた。嘔吐したりパンツにおしっこを漏らしたり。最も不快な出来事だったよ」とEsquire誌のインタビューで語っている。これぞ真の役者魂。ちなみに灯台守(wickie)の公式マニュアルによると、飲酒は厳密には禁止されているという。

  10. Ⅹ. オープニング

    映画のオープニングは常に重要なショットだが、本作冒頭の海上で遠くに船が見える幻想的でミステリアスな美しいシーンは、1840年頃に作られたペッツバールレンズで撮影されている。ハンガリー王国(現スロバキア)生まれの発明家で物理学者、ジョセフ・ペッツバールが1840年にウィーン工学研究所で発明したこのレンズは、世界で初めて実用化された写真撮影用の対物レンズだ。

  11. XI. ビンテージへのこだわり

    映画の時代設定が1890年代ということで、モノクロ、35mm(白黒ダブルX-522フィルム)で撮影。カメラは、パナビジョンのミレニアムXL2カメラで、ビンテージのレンズ(バルターレンズ。1918年~1938年製のもの)を使用している。また初期の写真のようなイメージを強調させるため、シュナイダー・フィルターズ社製のシアンフィルターを使い、1873年に誕生したオルソクロマティック・フィルムのようなルックと感覚を獲得することに成功。このフィルターは赤色の波長をブロックするが、肌の色や毛穴には赤色が含まれているため、映画では俳優たちの顔の不完全性や毛穴をはっきり見ることができる。

  12. XII. レアなアスペクト比

    映画のアスペクト比は「1.19:1」(ムービートーン比)。ほぼ正方形に近いこのアスペクト比は、1926年から1932年までの映画にサウンドが入るようになった時期によく使われた。フリッツ・ラング(『メトロポリス』監督)やゲオルク・ヴィルヘルム・パプスト(『ドン・キホーテ』監督)の時代である。トーキー映画のサウンドトラック(音の記憶部分)を確保するため映像の横幅が削られた結果、この比率になった。このアスペクト比を選択した理由について、エガースは「この映画の空間は、意図的に窮屈に感じるようにした。『ウィッチ』以上にクローズアップの映画だ。ワイドスクリーンというアイディアが生まれたのは1950年代のことだけど、観客をそれよりも前の時代に連れて行きたかったんだ」と語っている。

  13. XIII. 地獄の撮影現場

    カナダ、ノバスコシア南部の漁村ケープ・フォーチュで34日間に渡って撮影が行われたが、現地の凍えるような冷たい空気、殴りつける雨や雪、吹き荒れる風といった海沿いの過酷な天候を多くのシーンで活用。製作中に「ノーイースター」(米北東部やカナダの大西洋沿岸を襲う、発達した温帯低気圧による嵐)に三回も見舞われたという。このリアルでハードな撮影はスタッフ、キャストにとって想像を絶する体験だった。パティンソンとデフォーは連日あまりに疲弊していたため、撮影現場ではほとんど口を聞かなかったという。またカメラ機材も頻繁に故障した。カメラレンズが曇るため、あるシーンの撮影ではパティンソンは25回も海の中に入らなければいけなかったという。

  14. XIV. 偶然性の音楽

    音楽は、古代ギリシャ音楽を想起させる「偶然性の音楽(Aleatric Music)」をイメージしたという。「弦楽器を強調するのではなく、ホルンやバグパイプといった楽器にフォーカスしたかった。つまり海の音だ。でも古い映画のスコアを彷彿とさせる要素も必要だったので、バーナード・ハーマン(作曲家。代表作は『めまい』『サイコ』)のようなサウンドも意識した」とエガース。スコアを担当したのは、『ウィッチ』に続きカナダ人作曲家のマーク・コーベンだ。

  15. XV. ギリシャ神話

    神話からの影響が強い『ライトハウス』だが、主人公二人はギリシャ神話の神を表している。ウェイクはプロテウス、ウィンズローはプロメテウスだ。プロテウスは海の老神で、「海の老人」と呼ばれ予言する力と自由に姿を変える力を備えていた。ポセイドンの従者でアザラシの番をした。プロメテウスはティタン(巨大神族)の一人で「先見の明の持ち主」の意。人類の創造主(粘土から人間を創り、技芸を教えたといわれる)。天上の火を盗んで人間に与える(後述)。

  16. XVI. 海獣

    ドリームシークエンスに登場するタコのような触手を持つ巨大生物。これは北欧に伝わる海の怪物「クラーケン」(Kraken)や旧約聖書に登場する怪物「レヴィアタン」(Leviathan)がレファレンスと予想される。もしくは、映画の撮影が行われたカナダのノバスコシアの、ある灯台の近くで2003年にロブスター漁師が目撃したという「全長8メートルの茶色い蛇のような謎の海獣」がモチーフかもしれない。

  17. XVII. マーメイド

    ウィンズローがベッドのシーツの穴から発見した小さな人魚の像。これはエガース監督が見つけた写真に写っていた、古くて顔のない人魚の細工物(=Scrimshaw。船乗りが長い航海中に貝殻や鯨骨などに慰みに施した細工)を基にしている。ウィンズローは、この細工を発見したことで、隔絶された孤独な場所で性的ファンタジーの対象として人魚を夢想し続ける。

  18. XVIII. セントエルモの炎

    デフォー演じるトーマスのセリフに登場する「セントエルモの炎」。これは悪天候の時などに航海中の船のマストの先端が発光する現象のこと。船乗りの守護聖人、聖エルモ(St. Elmo)が由来。メルヴィルの「白鯨」の中にも登場する。また、ジョエル・シューマッカーが監督した青春映画『セント・エルモス・ファイアー』(85)も、この現象をベースにしており劇中のダイアローグで語られる。

  19. XIX. ダイアローグ

    詩的なダイアローグの数々が印象的な作品だが、インスピレーションになったのはメルヴィル、ロバート・ルイス・スティーヴンソンらの作品や19世紀のスラングなど。ウィレム・デフォーの独白はシェイクスピアやジョン・ミルトン(17世紀のイギリスを代表する詩人。代表作は「失楽園」)のスタイルを採用。ナチュラルなダイアローグは、メイン州出身の19世紀の詩人で作家サラ・オーン・ジュエットの作品を参考にしている。

  20. XX. アクセント

    映画の中で、パティンソンのアクセントはメイン州の特定の地域の農夫の方言を基にしている。一方、デフォーは当時の大西洋の漁師や船乗りの専門用語を話している。監督エガースは前作『ウィッチ』のときから俳優のアクセントとセリフ運びには非常に細かく、例えば、「3行目の2番目のセンテンスはスピードを75%早めて話して」というふうに演出していたという。

  21. XXI. 一石二鳥

    この映画には、人間のキャラクターは実質2人しか登場しないが(あとは回想シーンに登場する、本物のウィンズロー)、冒頭のシーンで引き継ぎ役の灯台守として出演している二人は、プロの俳優で はなく、撮影クルーのメンバー。

  22. XXII. カモメカモメ

    カモメのシーンの撮影ではパペットを代用し、後にデジタルでリアルなカモメに差し替えられているが、訓練された救出用の本物のカモメも三羽(名前はレディ、トランプ、ジョニー)出演している。遠くで飛んでいるカモメたちは撮影地にいた、同地に生息するカモメのカメオ出演だ。